均等

均等に動く。


最近はここに着目しています。


動き始めで手が抜けてしまっている(あまりよろしくない意味で)、肩周りが先に出てきている、脚がお留守になっている、蹴り出して動いている、と均等に着目する事で色々と粗が見えてきた気がします。


動く時についつい使い過ぎているところはどこなのか、逆に全然使えていないのはどこなのか、力んでいるところはどこか、抜け過ぎて怠けているのはどこか、そういったところを動きを通して観ていくとまた身体が変わってくるんじゃないかなと思っています。


かといって全部力んで〜、全部緩めて〜というのもどこか違うと思いますが、まぁそれも含めて身体って不思議で面白いんだなと。



前に、集中と執着の違いを私なりに説明した事がありましたが、やはりそうなんだなと改めて認識している日々です。



ざっくり言ってしまえば、それが積極的なのか消極的なのか。何事もそうかと思いますが、積極的ときは全体が比較的協調して動いている気がします。消極的な場合はそこにある面、捉われていると言っていいかもしれません。



身体を観ると分かってきますが、例えば肩こりがあった時に、その肩こりを積極的にみるか消極的にみるかで大きな違いが出てきます。積極的にみた場合、その原因は何か探ったり、どうしたらこの肩こりが改善されるのか、という心持ちが前向きに出てきます。しかし、消極的にみると、なぜこんなに肩こりなのか、あぁ辛い、揉んでもどうしようもないや、と半ばあきらめモード(笑)そこからはもう四六時中肩こりが気になって気になって。という具合になります。それがいつの間にか執着になる。



何かあった時に、その対象からすぐに抜けられるか否かと言ってもいいかもしれませんね。何でこんな事を言うのかというと、それは武術やヨガにおいてもしばしばこの問題が出てくるからです(私の中だけかもしれませんが参考までに)。集中していたと思ったら、それがいつの間にか執着になってしまっていたなんて事はよくあります。ただ、そこに気付くのは大事です。



均等にとは、1つは自分の偏った癖を観ることでもあり、偏った癖は執着から来てる可能性があるという事を教えてくれます。

旅する身体

身体と心の探究 本厚木駅から徒歩5分、 雲山~unZan~稽古場を中心に伊勢原、都心で武術的な身体の使い方やヨガの講習会、稽古会を開いています。日常からスポーツ、様々な分野にまで活かせる身体術の研究、稽古です。ヨガは動きに捉われず、身心の声を聴きます。少人数で行うので集中して自分と向き合えます。 女性の方や運動経験のない方、ヨガは体の硬い男性も安心してご参加できます。